京都に夏を呼ぶ、祇園囃子と鱧の骨切り「じゃっ、じゃっ」のリズム~下鴨茶寮 東のはなれ料理長のはなし

京都の夏が来たと感じる瞬間——それは、町に祇園囃子が流れはじめ、そして、料亭の厨房に「じゃっ、じゃっ」と骨切りの音が響くとき。祇園祭と鱧は京都の夏の風物詩です。

下鴨茶寮 東のはなれ・稲付淳(いなつき・じゅん)料理長に料理人にとっての鱧とは?を訊きました。

祇園祭の囃子と、鱧の骨切りの音

祇園祭で町がコンチキチンのお囃子で満たされる頃、京都の料亭の厨房に響くのは、包丁が鱧の骨を断つ音です。「じゃっ、じゃっ、じゃっ」と小気味よいリズム。

「昔は祇園囃子と、この骨切りの音が京都の夏の風物詩といわれていました。料理人は“鱧の骨切りは音で切る”と教わります」と下鴨茶寮 東のはなれ料理長・稲付。

この時期の京都料亭は鱧と鮎づくし。なかでも、鱧の「骨切り」は職人技といわれます。

稲付料理長は厨房から、まるで「なた」のような大きな包丁を取り出し、「これが鱧の骨を切る専用の骨切包丁です」と教えてくれました。

「なたの重さで剃刀の切れ味」と称される骨切包丁を操り、“じゃっ、じゃっ、じゃっ”とリズミカルに刻みます。「昔は一寸(約3cm)に27〜28枚切れたら職人技といわれたんですよ」(稲付料理長)

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牡丹のように咲く、鱧の落とし

「牡丹鱧といって、鱧を骨切りしてお湯に落とすと、牡丹の花が咲いたように身がひらきます」と、稲付料理長は、「落とし」を見せてくれました。

「落とし」とは、鱧を湯にくぐらせて冷水で締めた京料理の定番。皮が縮み、身がふわりと開くその様子は、まさに白い花のよう。

「うち(下鴨茶寮)では切った鱧に葛粉をふって、お椀の種にすることが多いです。鱧の骨でとった出汁でお出しして、とろっとして口触りがよいと、夏はおいしく感じられるんです」

お椀にする鱧の火入れの加減は実に繊細。「皮目に火が入りにくいから、ゆっくり落として、皮目に火が入ったと思ったら、少し待って…」

その加減は、お箸で持ち上げたとき、ほどけるようにやわらかいが、崩れない。その「ギリギリ」を狙うといいます。「タイミングが難しい魚です」(稲付料理長)

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鱧は「親方仕事」

「料理人の世界では、若いうちは鱧は触らせてもらえません。基本、“親方仕事”です」

稲付料理長も修業時代は、河岸の仲買人に売り物にならない鱧を分けてもらい骨切りの練習に励んだそうです。その鱧を余らせたくなくて二週間まかないに出し続けて怒られた話を笑いながらしてくれました。

「鱧の扱いは料理人によって十人十色。捌き方、骨切りの角度、出汁の引き方、すべて違います。終わりのない魚なんです」と稲付料理長は語ります。

 

繊細な鱧のおいしさを引き出す

「うちは今日から鱧をはじめます。久しぶりだからちゃんと食べて確認しないと」。その一言に、職人としての緊張感と、旬の到来を待ちわびていた気持ちが伝わってきます。下鴨茶寮 東のはなれでは、6月の終わりから10月の松茸の時期まで鱧を提供しています。

鱧のおいしさについて稲付料理長は、「鱧は、火を加えて美味しくなる魚。お出汁にくぐらせると旨さが出ます。鱧は淡泊さの奥に上品な旨みがある魚なので、出汁や、歯切れのよい食感の野菜などといただくとより一層おいしい」と教えてくれました。

 

祇園祭とともに味わう、京の涼味

千年以上にわたり、疫病退散を祈って営まれてきた祇園祭。その鉾建ての喧騒と、鱧の骨切りの音は、京の夏の象徴です。

かつて、流通が発達していなかった時代、鱧はその生命力で生きたまま京都に届く貴重な魚でした。夏の滋養そのものだったのかもしれません。だからこそ、京都の料理人たちは腕を競って鱧に向き合ってきたのでしょう。

鱧とは?と問うと稲付料理長の答えは「“鱧は梅雨の雨を飲んで旨くなる”といわれます。なにより鱧は季節を味わう食材だと思います」。

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この夏、下鴨茶寮オンラインショップでは、料亭の味をご家庭で味わえる「鱧と旬菜の出汁しゃぶ」をご用意しております。祇園囃子の音に耳を傾けながら、涼やかなひとときをご堪能ください。

稲付 淳

下鴨茶寮 東のはなれ 料理長

1982年、鹿児島県生まれ。
料理の道に入ったきっかけは、小学生のころテレビ番組「料理の鉄人」を見て料理人に憧れたこと。 高等学校を卒業後、銀座、神楽坂の日本料理店で修行を重ね、2021年2月に「下鴨茶寮 東のはなれ」に入店。

参考

・八坂神社公式ホームページ https://www.yasaka-jinja.or.jp/ 
・農林水産省「うちの郷土料理 京都府 はもの焼き物」 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/hamonoyakimono_kyoto.html



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