土地に学び、一皿に結ぶ

下鴨茶寮総料理長、本山直隆。

九州から東京へ、そして京都へ。料理人として歩んだ道は、やがて下鴨茶寮へとつながります。その原点には、一人の料理人との思いがけない出会いがありました。

本山はいかにして料理人となり、京都の料亭で何を見つめてきたのか。これまでの歩みをたどりながら、一皿に向き合う思いを紐解きます。



一つの出会いから始まった、料理人の道

下鴨茶寮 総料理長 本山 直隆(もとやま なおたか)
1981年佐賀県生まれ。東京で日本料理の修業を重ね、2016年3月、「銀座 下鴨茶寮 東のはなれ」料理長、2017年6月「下鴨茶寮」総料理長に就任。


幼い頃、本山が心をひかれていたのは、道路沿いの店から見えるケーキのショーケースでした。

誕生日や来客のある日など、特別な時にだけ食卓へ並ぶケーキ。いつでも食べられるものではなかったからこそ、きらびやかに並ぶ光景に憧れ、「いつかケーキ屋になりたいと思っていた」といいます。

しかし、料理を生涯の仕事にしようと決めていたわけではありません。卒業後も進路を定めきれずにいた頃、一人の料理人から声をかけられます。その人物は、後に本山が働くことになるホテルの料理長でした。

「うちで働きなさい」

その言葉に導かれるように、本山は料理の世界へ入りました。

明確な目標を掲げて踏み出した道ではなく、人との出会いによって開かれた道。それでも、厨房で経験を重ねるうちに、料理は本山が長く向き合う仕事となっていきます。

大きな厨房で働くことが多かった修業時代。料理長一人の背中だけを追うのではなく、先輩や兄弟子をはじめ、さまざまな料理人から学びました。

素材との向き合い方、献立の組み立て方、料理へ注ぐ姿勢。それぞれの優れたところを見つめ、自分の中へ少しずつ取り込んでいく。その積み重ねが、本山の料理人としての土台をつくりました。


歴史を担う、覚悟の一歩

下鴨茶寮へ入社して約一年。本山に、総料理長就任の話が持ちかけられました。

九州に生まれ、東京で修業を重ねてきた本山にとって、京都はそれまで深いつながりのなかった土地でした。長い歴史を重ねてきた京都の料亭で、その総料理長を担う。胸に浮かんだのは、喜びよりも先に、その役目の重さだったといいます。

「自分が受けてよいのだろうかという思いはありました」。

下鴨茶寮が守り続けてきたもの。その歩みを支えてきた料理人や、料理を待つお客様。ひとつ一つに思いを巡らせるほど、引き受ける責任の大きさを感じました。

それでも、下鴨茶寮の一員となった以上、託された役目に向き合おうと決意します。

その迷いは、京都の文化や料亭が背負う歴史の重みを、正面から受け止めようとしたからこそ生まれたもの。総料理長となった今も、責任が消えることはありません。

受け継がれてきた料理を守りながら、今の時代に何を届けるのか。本山は日々、その答えを一皿の中に探しています。


京都でこそ息づく、「土産土法」

本山が下鴨茶寮の料理を考えるうえで、大切にしている言葉があります。

「土産土法」。

その土地で育まれたものを、その土地に伝わる方法で料理するという考え方です。

京野菜や京都の調理法は、離れた土地でも知り、取り入れることができます。しかし、京都の気候や文化、人々が積み重ねてきた暮らしの中で料理するからこそ、表せるものがあると本山は考えます。

下鴨茶寮が歩んできた歴史を知り、京都に伝わる行事や食文化を学ぶ。それらを知識として掲げるのではなく、料理としてお客様へ届けることが、本山にとっての「土産土法」です。


最初の一皿に、季節を映す

下鴨茶寮では、月ごとに献立が替わります。

魚の味付けや食材の取り合わせ、椀物、焼物、鍋。ひと月の風景をどのような流れで味わっていただくかを考えながら、コースを組み立てていきます。その中で、本山がとりわけ大切にするのが、最初にお出しする「先附」です。

「最初に口にする料理で、季節を感じていただきたいと思っています」

また、同じ月であっても暑さの残る日と、風に涼しさを感じる日とでは、身体が求めるものは異なります。

「暑さを感じる日には涼味を愉しむ一皿に変えたり、肌寒さを感じる日には温かいあんかけなどに変更したり、当日の天気に合わせて献立を組み替えています」

暦だけでは捉えきれない、目の前の季節にも気を配ります。

食材の取り合わせにも、季節の知恵が息づいています。

たとえば、鱧と松茸。鱧の旨みと松茸の香りが互いを引き立てるように、同じ時季に出合う食材を組み合わせる「出合い物」は、日本料理が大切にしてきた考え方の一つです。

本山が取り合わせを考える際、より重きを置くのは「味」。限られた食材が担う香りを生かしながら、味の重なりを見極め、ひと皿として整えていきます。

伝統をそのままなぞるのではなく、なぜこの土地で、この時季に、この食材を合わせるのか。その意味をたどることが、下鴨茶寮の料理を次へつなぐ礎となっています。


一年の始まりに、幸せを願う

数ある日本料理の中でも、本山がおせちを「一番特別な料理」と考えるのには理由があります。

おせちは、新しい一年の始まりにいただくもの。一品ごとに、家族の健康や幸せ、実りへの願いが託されています。

「ただおいしい料理をつくることとは、少し違います。誰かの幸せや健やかさを願ってつくる。おせちは、料理の原点に立ち返らせてくれる存在です」

料理人が技を尽くした一品が、誰かを思う気持ちとともに食卓へ運ばれる。おせちを仕立てる時間は、本山にとって、料理をつくる意味をあらためて確かめる時間でもあります。

店頭で、お客様が下鴨茶寮のおせちや弁当を選ぶ姿を目にすることがあります。本店を訪れた方から「今年もおせちを買いました」と声をかけられることもあります。

毎年変わらず選んでいただけること。その言葉の向こうに、ご家族で囲む新年の食卓があること。料理を通じて結ばれた縁に触れるたび、本山は、下鴨茶寮へ寄せられる信頼の重さを感じるといいます。

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環境にとらわれない、料理人の軸

本山はこれまで、料亭の厨房だけでなく、さまざまな場所で料理を手がけてきました。

火気の使用が限られる神社仏閣、十分な調理設備のない催事会場、客船での調理。機内食のレシピ監修に携わった経験もあります。
場所が変われば、使える設備も、料理を仕上げるまでの時間も異なります。いつも通りの厨房が用意されているとは限りません。

それでも、本山は現場で過度に緊張することはないと話します。

「環境はどうあがいても変えられません。その中で、自分がどう動けるかだけを考えます」。

足りないものへ目を向けるのではなく、いま使えるものを確かめ、料理を組み立て直す。ガスと盛り付ける場所があり、使用できる器具とお客様の人数が分かれば、そこで何ができるかが見えてくる。

いくつもの現場を経験する中で磨かれたのは、技術だけではありません。限られた条件の中でも心を乱さず、逆算して動く判断力です。

環境が変わっても、料理の先にいるお客様を想うことは変わらない。その揺るがない軸が、本山の現場を支えています。


料理人から料理人へ、受け継ぐもの

総料理長として本山が見つめているのは、目の前の料理だけではありません。

これから下鴨茶寮の厨房を担う、若い料理人たち。その一人ひとりが経験を重ね、自らの力で歩んでいけるよう、次の世代を育てることも大切な役目だと考えています。

「チャンスはみんなに平等に訪れます。それをものにできるかどうかは、自分次第です」。

本山自身も、一つの出会いから料理の道へ入り、訪れた機会と向き合いながら歩んできました。だからこそ、若い料理人にも、目の前に訪れた機会を逃さず、自らの力へ変えてほしいと願います。

下鴨茶寮で培ったものを携え、この厨房で次の役目を担う人。いつか自分の店を構える人。異なる場所で力を発揮する人。それぞれが料理人として立派に歩むことも、下鴨茶寮の料理を未来へつなぐ一つの形です。

技や味だけでなく、土地を知ろうとする姿勢、季節を読み取る目、料理の先にいる人を思う心。それらは日々の仕事の中で、料理人から料理人へと受け渡されていきます。


残る三割を見つめて

本山が下鴨茶寮の主人・小山薫堂と初めて顔を合わせたのは、下鴨茶寮へ入社する前の最終面接。
料理に向き合う小山の目は厳しく、入社後も面と向かって褒められることは、ほとんどなかったといいます。

小山からかけられた言葉で、本山の心に残っている言葉があります。

「褒められても七割」

たとえ手応えのある料理であっても、出来は七割。残る三割に目を向け、より良い一皿を追い求める。小山の言葉は、料理人としての謙虚さと、探求する歩みを止めないことの大切さを、本山へ伝えるものとなりました。
下鴨茶寮の総料理長として料理に向き合う日々の中で、主人・小山薫堂から受け取った言葉は、今も本山の判断を支える一つの軸となっています。


移ろう季節に、心を寄せて

料理人としての日々の傍ら、本山が大切にしているのは、自宅の庭で植物を育てることです。
葉が茂り、花が咲き、実を結ぶ。やがて葉は色づき、次の季節を迎える。その小さな移ろいを間近に見ることも、料理に対する感覚を養うことにつながっているといいます。

本山が心に残る料理として挙げるのも、その土地の山や畑に分け入り、自然や生命と正面から向き合って生まれた料理です。
華やかさだけではなく、その土地の空気や、食材が育った背景まで感じられるもの。料理を通じて、そこに息づく命を表しているものに心を動かされます。
いつかは、山や川、畑のある土地で、そこに育つ食材と向き合う料理店を手がけてみたい。そんな思いも、本山の胸にはあります。

土地を知り、季節を読み、料理を口にする人を思う。
九州から東京、そして京都へ。異なる土地を歩んできた本山は、いま下鴨茶寮の厨房で、京都に受け継がれてきたものと向き合っています。

一皿に映し出すのは、目に見える季節だけではありません。その土地が重ねてきた時間と、人から人へ受け継がれる思い。

今日もまた、最初の一皿から、その日の料理が始まります。



プロフィール

本山 直隆 (もとやま なおたか)

下鴨茶寮 総料理長

1981年佐賀県生まれ。料理人である父の背中を見て育ち、自身も料理の道へ。東京で日本料理の修業を重ね、2016年3月、「銀座 下鴨茶寮 東のはなれ」料理長、2017年6月「下鴨茶寮」総料理長に就任。


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